答えがないことの方が多いのでは…

 

最近は考えることが好きだ。ひとと話していても、議論に持ち込みたくなっている自分がいる。相手を負かしたいとか、頭の良さを見せつけたいとかそういうことではなく、自分の考えていることに対して、他の人がどのように考えるかを知りたいのである。

 

こちら(具体と抽象)の記事でも書いたが、直感的であまり物事を考えることをしなかった自分が、大学三年生になり、短期と長期のインターンを経験し、考えることなしではこれ以上やっていけないと感じ、そこから常に考えることを意識し始めた。

そうしたら、思った以上に人と話すことが楽しくなっていった。最近久しぶりにバイト先の社員さんに再会しお酒を飲み交わしたが、僕が想像以上におしゃべりになっているという印象を持たれたらしい。正直うれしかったが、お酒を飲むとさらに話してしまう癖がつき、面倒臭がられていないか気になる笑。

 

また、4年生から受けている授業で、

『それをお金で買いますか』の本で提言されることに対して議論する少人数の授業を受けているが、かなり人と違うような的確な意見を言えるようになってきて、自分でもなんとなく成長を感じている。1年前の自分では絶対にできていないことである。

 

そんな中、最近考えることは、考えた結果そこに答えがあることって意外と少ないのではないかということである。人によっては当たり前だろとか、それは考える議題によるとかいうだろうが、少し前までの僕は考えることに対して必ず最終的には答えに出会えると思っていたし、今もそうであると思ってしまうときがある。

サンデルさんの本にも、何事にも市場原理を取り入れて経済的に効率を良くするべきと、道徳的に取り入れるべきでないことの議論がよく持ち上がる。これは本当に答えがない。どちらにも真っ当な意見を持つ人が存在する。

また就活をしていても答えがないなということにぶつかる。企業選びである。みんな選考に対しては本当にその企業に入りたいと思って受けているので、複数社本当に行きたい企業が存在する。どちらが正解なのか考える。しかし、両方の企業に入社してみないことには答えはわからない。答えがわからないのはわかっていても考えてしまう。企業の社員さんと話す機会があり、その方に言われたのは、

「正解はない。でも選んだ企業を正解にできるのは自分だけだ」

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結局与えられた場で、活躍をできなかった人は自分の選んだ選択肢を間違いだったと認識しようとしてするだろう。しかし、たとえ選択が間違っていてもそれを正解に変えることはできるし、この言葉で僕は企業を選択することができた。

 

僕は高校まで一つの答えのある問題しか解いてこなかった。そして僕はそれはそれなりに得意であった。しかし答えがない問題にはめっぽう弱い。これは多くの日本人が抱える問題のように思える。だから、記述式で答えに幅を与えるような大学統一試験の形態は賛成である。そして、今は答えのないことを考えることが好きである。

大切なことは、結局答えがわからないから考えなくていいやとなるのではなく、答えがないからこそ、自分の価値観に沿って自分の意見を述べ、選択をしていくことである。これからの社会は人の価値観は多様化していくと叫ばれているが、答えが複数ある中で自分がどのように選択していくかが本当に問われる社会になる。だから僕は考えることをやめないし、それを口に出すこともやめない。考えは口に出せて初めて自分の中で整理がつくのである。

 

 

 

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